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更新日:2010年7月13日
| イギリスはイングランド(England), スコットランド(Scotland), ウェールズ(Wales), 北アイルランド(Northern Ireland)の4つの「国」の連合王国で、正式名を「グレートブリテン及び 北アイルランド連合王国」(The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)という。アメリカ合衆国をthe United States(US)というのに対してイギリスをthe United Kingdom(UK)と呼ぶことが多い。 イギリスを構成するそれぞれの「国」の独立性は高く、スコットランドやウェールズでは今日でも独立への動きがある。俳優ショーン・コネリー(Sean Connery)はスコットランドの独立を目指すスコットランド民族党の副党首だった。サッカーのワールドカップにおけるベッカム(David Beckham)は英国代表ではなくイングランド代表であった。 |
グレートブリテン及び |
| Englandは「アングル人の土地」という意味のAnglalandが語源であるとされる。アングル人はアングロサクソン人の中心的部族である。それに対してWalesの語源は古英語wealas(よそ者)で、ゲルマン系のアングロサクソン人から見た先住のケルト系ブリトン人のことであった。このwealasは「奴隷」という意味にも使われた。Scotlandは意味は「Scotti(スコッティ)の土地」で、ラテン語Scottiは「アイルランド人」という意味であった。スコットランドはアイルランド北部から移住したスコッティたちが建設した王国のことであった。アルフレッド大王(在位871-899)の時代までScotlandはアイルランドを指した。 |
イギリスの都市 |
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イギリス国旗ユニオンジャック |
イングランド国旗 |
スコットランド国旗 |
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チェスターの中心街 |
サンドウィッチの町 |
三大ローマ街道 |
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カンタベリー大聖堂 |
Birmingham(バーミンガム)やBuckingham(バッキンガム)の-hamは、ローマ人が去った後にブリトン人の傭兵としてやって来たアングロサクソン人の集落が起源で、かつてのブリトン人の部族の中心的集落の近くに発達した。Canterbury(カンタベリー)やPeterborough(ピーターバラ)の-buryや-borough(-burg、-burgh)の多くはアングロサクソン時代、特にアルフレッド大王が整備した要塞の周辺に発達した都市である。その多くは1万6千キロにも及ぶ大小のローマ街道の要衝に築かれた要塞を利用したものであった。やがてアングロサクソン人は盛んに農地を開くようになり、その農地を囲いだした。そのような囲われた農地の集落が-tonの起源で、行政単位として認められるようになり、町(town)となるのである 。 |
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ピーターバラ大聖堂 |
ラグビーの発祥の地Rugby(ラグビー)、ダービー競馬で知られるDerby(ダービー)、タラ漁業の基地Grimsby(グリムズビー)のように-byをもつのはバイキングの集落から発達した町で、-byはアングロサクソン人の-tonに相当する。そして-byから分かれて開拓された集落が-thorpeで、いわば「村」である。Thorpe(ソープ)という地名もある。これらの語尾をもつ地名はバイキングの活動の中心であったヨークシャーに特に多い。 |
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ラグビー |
参考文献 『地名で読むヨーロッパ』 梅田 修 著 講談社現代新書
注:この原稿は月刊誌『英語教育』(2005年11月号)に掲載されたものに加筆し、写真を加えたものである。