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流通を科学する -流通科学大学学長 石井淳蔵のページ- > なぜ任天堂「Wii」は世界で5000万台売れたのか

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更新日:2010年7月7日

なぜ任天堂「Wii」は世界で5000万台売れたのか

プレジデント2009年10月5日号 掲載

性能で上回るソニーが業績不振な理由

 

 セオドア・レビットの「マーケティング近視眼」は一九六〇年に発表された古い論文ながら、今なお読む者に強いインパクトを与えてくれる。この論文でレビットは「マーケティング近視眼を避けよ」と説いた。

 例えば、アメリカにおいて鉄道事業が凋落したのはなぜか?その理由は輸送に対する需要が減ったためではなく、自動車や航空機に需要を奪われたためでもない。鉄道事業者が自らを輸送事業と定義せず、鉄道事業と定義してしまったためである。

 では、なぜ鉄道事業者は事業の定義を間違えてしまったのか?それは輸送を事業の目的と考えず、鉄道を目的と考えたからだ。すなわち顧客中心ではなく、製品中心に事業を定義してしまったためである。

 

 このように事業を製品中心に定義することを改め、顧客中心に変えなければ事業は衰退する。そうレビットは説いた。

 つまり「マーケティング近視眼を避けよ」とは、自らの事業や製品や手段で定義せず、その製品が果たす機能や、顧客がその製品によって解決しようとしている目的によって定義せよ、という意味である。

 アメリカで鉄道事業は凋落したが、日本では今なお健在である。その理由を考えると、日本の鉄道会社が自社を「鉄道だけの会社」とは捉えていなかったことが大きい。

 

 阪急グループの創始者、小林一三が鉄道にとどまらず、沿線の宅地開発や百貨店の開業、宝塚歌劇団の創設など様々な取り組みを行いながら事業を盛り上げていったのがその嚆矢である。

 近年、JR東日本などが駅構内において流通業を展開し力を入れているのも、駅を通過する人を単純に「鉄道の乗客」とは捉えていないからであろう。

 

 マーケティング近視眼を避けて成功した最近の事例としては、任天堂が挙げられる。

 任天堂は携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」や据え置き型ゲーム機「Wii」の大ヒットによって、売上高は一兆八三八六円、三年前に比べ三倍以上になるという驚異的な急成長を実現した。

 二〇〇九年三月期に「ニンテンドーDS」シリーズの累計販売台数は全世界で一億台を超えた。ゲーム機として一億台を超えるのに要した期間は史上最短という。

 また「Wii」も累計5000万台を超え、催促で累計販売台数が5000万台に到達したゲーム機となった。ゲームソフトの販売も好調である。

 

 これは競合であるソニーのゲーム機事業が〇七年三月期から三期連続で営業赤字に陥り、業績の足かせとなっている姿とは対照的である。

 性能だけをみれば、WiiよりソニーのPLAY STATION3の方が上回る。ただし、Wiiには「Wiiリモコン」と呼ばれるコントローラーで位置や動きを検知し、実際の剣やラケットのように直感的な操作を楽しめる特徴がある。

 ソニーがゲーム機の性能を向上させ、いわば家庭用のスーパーコンピュータを目指したのに対し、任天堂は直感的なユーザーインターフェースによって幅広い客層にゲームの楽しさを提供しようと考えたわけである。

 任天堂がそうした方針を採った背景には、「ゲーム人口の拡大」という同社の基本戦略がある。従来のゲームの定義を拡大し、ゲーム初心者から熟練者まで楽しめる多彩なラインアップを揃え製品の普及に努めるというのがその骨子だ。

 

 これに基づき製品の位置づけも、ニンテンドーDSを「所有者の生活を豊かにするマシン」、Wiiを「家庭のリビングルームにおけるコミュニケーションを促進する『取り巻く人々を笑顔にするマシン』」としている。そこからは任天堂が製品中心ではなく、顧客中心にゲーム事業を捉えていることが読み取れる。「脳を鍛える大人のDSトレーニング」や「Wii Fit」のような従来のゲームソフトのイメージとは一線を画すヒット商品が飛び出した理由も底に求められるだろう。

 

ただし、マーケティング近視眼を避けようとしすぎると、今度は事業を広く、遠く見すぎてしまう「マーケティング遠視眼」に陥るリスクもある。

 

 その典型が六〇年代のGEであった。おそらく経営陣が「マーケティング近視眼」を読んだのであろう。同社では自社の事業を製品ではなく顧客の視点によって再編成していった。例えば原子力はエネルギー事業、洗濯機はクリーニング事業という具合である。

 こうすれば確かに成長の機会の見落としは少なくなるが、当然の帰結として自社の投資先も拡大していく。エネルギー事業は原子力だけでなく火力や風力、水力もあるから、そちらへも投資がなされるわけである。

 だが、それは事業の拡大に寄与する可能性とともに、キャッシュが回収できず、資金繰りに窮する可能性も秘めている。実際、GEはつまずいた。マーケティング近視眼を避けようとするあまり事業を広く、遠く捉えたら投資がかさみ、収益性が悪化してしまうという矛盾に直面したのである。これがマーケティング遠視眼の弊害である。

 

エイベルによる三次元の事業定義とは

 このような事態に直面し、「事業とは何か?」という問題が俎上に載せられた。そこでGEがハーバード大学と組んで作り出した新たなフレームワークが「戦略計画」だった。

 この枠組みをつくったデレック・F・エイベルは同時に、三つの次元による事業定義を戦略計画の前提として提唱した。事業の定義で重要なことは、誰に対して、どういう価値を、どのような技術を用いて提供するかにある-それがエイベルの主張の骨子である。

 今から見ると、エイベルの主張はただ当たり前のことを言っているように感じるかもしれない。だが発表当時は製品と市場の二次元で事業を捉える方法が主流であった。つまり、エイベルは二次元だった事業定義のフレームを三次元に変えたのだ。

 別の観点からエイベルの事業定義を捉えなおすと、レビットのマーケティング近親眼を避けよ」という主張の限界を克服する試みであったといえよう。

 

その意味では、レビットの主張は論文を発表した当時のまま残っているのではなく、それがエイベルの「事業定義」に活かされたうえで現在に受け継がれているわけである。「マーケティング近視眼を避けよ」はあらゆる会社にとって有益な警句であるが、ゆきすぎればマーケティング遠視眼の落とし穴にはまってしまう。

 結局、近視眼と遠視眼の間で最適なバランスを取ることが重要であり、最近のように換金性が極めて高い資産が重要な状況では、マーケティング遠視眼の弊害を避けるように判断するのが基本的な方向性となろう。

 

お問い合わせ

教学部社会連携推進課 

担当者:平江 文乃

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