| トン、トン、トン、トン、夜中に「サカエ薬局」のガラス戸が叩かれる。急病で薬を買いに来た近くの人。中内少年が起きて戸をあける。薬剤師の父親も目をさまし、症状を聞き、適切な薬を選び、そののみ方を教える。家路を急ぐ病人の家族、それを見送って戸締りする中内少年。こんなことは珍しくはなかった。

いまは国民皆保険、健康保険制度の普及で誰でも手軽に医者にかかることができるが、当時はその制度は貧弱で、医療費は患者がモロにかぶる。貧しい庶民にとって医者にかかる費用は収入に比べて高過ぎた。よほどのことでない限り、薬局が頼りだった。大衆薬がふんだんにあるいまの薬局・薬店とは違い、当時の薬局は医者の処方箋による調剤や大衆薬の販売と共に『薬局製剤』を売るのも主な仕事だった。熱、風邪、咳、頭痛、下痢…。自店の製造する薬を県の薬務課に申請し、製造許可を得て製剤し販売する。
「サカエ薬局」の調剤室に並ぶ天秤、乳鉢、乳棒などは、調剤と自家製剤の重要な道具である。一つの薬で、10数種類から2、30種の薬局製剤の製造許可を持っていたのが普通であった。薬局の名前を冠につけて、○○薬局整腸薬、○○セキ薬と称した。どこそこの風邪薬はよく効くと、口コミにのり、遠くから買いにくるお客さんも会った。
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