文字サイズの大きさ
拡大
縮小
  • English
  • 中文簡体字
  • vietnam
  • お問い合わせ
  • 学内専用サイト

資料請求

ホーム > Ryuka News > 2012年3月 > 東日本大震災の復興を支援  RYUKA被災地復興サポートチーム

ここから本文です。

更新日:2012年3月8日

東日本大震災の復興を支援  RYUKA被災地復興サポートチーム

チームリーダー 時任啓佑さん

RYUKA被災地復興支援チーム リーダー時任啓佑さん(情報学部4年生)「南三陸に行こうと思っています」

2011年4月、新学期で慌しい大学事務局にふらりとやってきた時任さんがこう話したとき、その場の職員は一瞬言葉を失いました。
その当時関西に伝わってくる東日本大震災被災地の情報は「津波でなにもかも流された」「余震が続いている」「放射能漏れが起こっている」など不安要素ばかりで、学生を積極的に送り出すことは躊躇される状況だったからです。


「それでも行きます」

「南三陸に災害FM局を立ち上げるのをサポートすることになりました」

災害FMラジオとの出会い

ラジオカーによる放送実験(2010年流行祭 事前準備の様子)時任さんたちと「ラジオ」の出会いは、2010年夏から秋にかけての約3カ月間にわたって実施された、株式会社ラジオ関西主催「災害対応のためのマルチラジオカー人材育成講座」を受講したことでした。

この講座は、総務省「情報通信技術地域人材育成・活用事業」の一環として実施されたもので、 神戸市外国語大学の学生に加え、本学からは福井誠、頭師暢秀各ゼミの2年生、大学広報誌「RYUKA-STYLE」編集部員、ラジオ関西でインターンシップを経験した学生ら約50名の学生が受講しました。

時任さんはメディアを使ったコミュニケーションに興味があり、音声だけで情報を伝達するラジオについて学びたいと、この講座を受講しました。

学内誌RYUKA-STYLEで活躍

学内広報誌「RYUKA-STYLE」時任さんは入学と共に学内広報誌「RYUKA-STYLE」を制作するクラブ「RYUKA-STYLEプロジェクト(RSP)」に入部、取材・原稿作成・編集と経験を積んできました。
1年生の後半からは編集長を務め、それまで折込4ページだった紙面を大幅に増やして冊子にするなど、「RYUKA-STYLE」を現在の形に育て上げました。

学内広報誌「RYUKA-STYLE」

3年生の春にRSPを引退した後も文化会会長を務めるなど学内外で活躍、充実した学生生活を送っていました。

越えられない壁 就活

そんな時任さんのターニングポイントとなったのは3年生秋からの就職活動。「自分がしたいこと」って何だろうと自問自答するも答えが見つからず、焦り落ち込み、友人と会うことすら避けて自宅にこもる日々を過ごします。

結果的に時任さんは「留年」するという道を選択しました。

「半年くらい悩みましたが最後は開き直りました。就活を一回止めて大学で可能な限りの『まだやってないこと』に挑戦しようと思いました。新しい出会い、知らない価値観などが現状を打破してくれるんじゃないかと。一度立ち止まって目を閉じて耳をふさいでみて、それじゃほんとに何も起きないってことだけは理解できたんですね(笑)」 

「まだやってないこと」のひとつとして参加したラジオカーでの人材育成プロジェクト。それは後に大きな意味を持つことになります。 

3.11 世界が変わった日

2011年5月14日作成 宮城県被災地の様子(学生撮影)
学生撮影(2011年5月14日)

2011年3月11日の夜、時任さんは震災報道一色に塗り固められたテレビを見続けていました。目をつぶりたくなる映像、本当にここは同じ日本なのか!?

「とにかく何かをしなければ」と気持ちは逸りますが、遠く関西からいったい何ができるのかと答えを出せないまま新学期を迎え、時任さんは多忙な日常に流されていきます。  

4月半ば、ラジオカーの講座を企画した福井教授のもとに兵庫県「人と防災未来センター」の方からボランティアの要請がありました。

「南三陸町で緊急ラジオ放送局を立ち上げようとしているが、役場は業務に追われて、放送技術のある人もいない。ラジオの講座に関わった学生をサポート要員として現地に送れないだろうか?」

RYUKA被災地復興サポートチームの誕生

サポート要員としての学生に求められたことは

  1. ラジオ局として放送ができる状態にする
  2. 情報収集、原稿作成、アナウンス
  3. ノウハウを蓄積しマニュアル化する
  4. 現地の引き継ぎ手にバトンタッチして帰ってくる というものでした。

ラジオ放送の経験があり、RYUKA-STYLE編集部員として取材・原稿作成も経験した、そしてこの春も「大学生」として過ごすことになった自分を考えたときに、時任さんが南三陸行きを決断するまで時間はかかりませんでした。
あらゆる要素がひとつの方向を向いて、自分の背中を押してくれているようで「行くしかない、と思いました」と後に時任さんは語っています。

それから時任さんは一緒にこのボランティアに関わってくれる仲間を探します。こうしてRSP時代の同期や後輩、ラジオ講座を受講した頭師ゼミの学生などによる「RYUKA被災地復興サポートチーム」が誕生しました。

 

南三陸災害FM局開局サポート 被災地を前にたたずむ学生

南三陸災害FM局開局サポート 情報を集めに出発(柳田さん・時任さん)

南三陸災害FM局開局サポート 現地スタッフと時任さん

 

― みんながみんな少しずつでいいから、今できることを、そうしてこの先もできることを考えていけばいいんじゃないか。 押しつけになってはいけない。 けれど、何かしたい、何かできないかと一度でも思ったことがあるのならば。 できることを、どんなことでもいいから、やればいいと思う。 (中略)  忘れないでいる、ということだけでも、それが私たちのできることなのだ。(柳田)

― 来たことを後悔するような悲しいこと、お腹がよじれるくらい面白いできごと、背筋が凍るようなトラブル、思わず胸がいっぱいになるような素晴らしいこと、数え切れません。それも通常ではあり得ないくらい立て続けにやってきています。帰る頃には1年分くらい老けているような気がします。(時任)  

現地から寄せられた当時の活動レポートには、学生たちの精一杯の心の声が綴られています。

 

学生の「活動レポート」は流通科学大学公式サイトに現在も掲載しています。

 

青矢印右 続きを読む 

 

お問い合わせ

業務企画室広報課 

ダイヤルイン:078-794-3544

ファックス:078-794-2621

流通科学大学キャラクター「りゅうか」