【秦ゼミ×稲美町】ふるさと納税事業者に学ぶ地域ブランドの育て方と価格戦略 「とまとや中村阮」中村将司氏に学生たちがインタビュー
公開日:2026年10月7日

流通科学大学と兵庫県稲美町による産官学連携は15年ほどの歴史を持ち、秦ゼミとしての取り組みも今年で5年目を迎えます。秦ゼミでは同町のふるさと納税を盛り上げることを目的に、町内に拠点を構える返礼品事業者へのインタビュー調査を行っています。
9月14日、学生たちはトマト農園「とまとや中村阮」の中村将司氏を訪問。「事業の歩みと地域との関わり」「栽培と品質へのこだわり」「ブランド・販売戦略」「経営と社会環境の変化」という4つのテーマを設定し、一次産業の現場から地域ブランドづくりとビジネスの考え方を学びました。
ゼロから農業へ。「稲美町=トマト」を掲げる恩返しのブランド戦略

学生たちがまず驚いたのは、中村氏が農業の経験も知識も人脈もないところから、その道を切り拓いてきたことでした。
「就農の方法を模索するなかで、兵庫県の紹介を通じてJA兵庫南とつながり、その縁から稲美町と出会いました。栽培品目にトマトを選んだのは、妻とともに取り組める仕事を考えた末のこと。『トマトならいくらでも食べられる』という母親の言葉が決め手になりました。日本有数のため池密度の高い稲美町は、雨が降らない、晴れの日が多いという特性を持つ地域であり、高い湿度が苦手なトマトにとって、その栽培にとても適した土地でした。」
自らを農業者として受け入れてくれた地域へ恩返しがしたいという思いから、ふるさと納税の返礼品事業者に登録した中村氏。兵庫県ハウストマト立毛品評会で2年連続して農林水産大臣賞を受賞するなど、確かな品質を背景に、「稲美町といえばトマト」というイメージを地域とともにつくり上げようとしています。
パッケージには、あえて「兵庫稲美」と記載し、地域名を前面に出しています。「明石出身の自分でさえ、稲美町のことを知らなかった」と率直に語る中村氏。トマトを返礼品として出品することを、単なる販路拡大にとどまらず、地域そのものの認知度を高めるブランド戦略として位置づけている点に、学生たちは気づかされました。
「できるだけ甘く」を支える品種選びと、猛暑に挑む栽培技術
中村氏が目指すトマトは明快です。「できるだけ甘く。トマトを食べて笑顔になってほしい」。その味を実現するために最もこだわっているのが品種の選定でした。就農にたどり着くまで各地の農家を訪ね歩き、数えきれないほどのトマトと出会ってきた経験が、味の基準をつくっています。「この長い期間がなければ、今の『とまとや中村阮』はできていない」。自動化技術など最先端の設備を積極的に取り入れているのも、多くの農園を見て回るなかで学んだからこそだといいます。
栽培環境は年々厳しさを増しています。夏野菜であるはずのトマトが夏に手に入らない時代が現実になりつつあるなか、同園では猛暑の影響を抑えるため、ハウス内の環境制御技術や気化熱を利用して暑熱環境を改善するパッド&ファンを導入するなど、安定供給に向けた取り組みを進めています。品質へのこだわりが技術と設備への投資にも裏打ちされている点が、学生たちの印象に残りました。
「みんなが笑顔になるトマト」を届ける、名前とパッケージの工夫

ブランドづくりの話題では、農園の名前に込めた思いが語られました。
「『阮(グエン)』はベトナム人である妻の姓で、ベトナムとのつながりが自然に伝わるようにとの思いが込められています。また、夫婦二人で営む農園であることを表す意味も持たせています。」
生鮮品を宅配で届ける難しさについても率直に語られました。「繊細な主力商品『プチぷよ』は、梱包にも細心の注意が必要です。一方で、商品が届いた瞬間から楽しい気持ちになってほしいという思いから、パッケージにはロゴをモチーフにしたさまざまなイラストをあしらっています。」
中村氏が目指すのは「みんなが笑顔になるトマト」。
稲美町の認知度向上とベトナムとのつながりを、パッケージという顧客との接点から伝えようとする姿勢を通じて、学生たちは、商品そのものだけでなく、その周辺にもブランドの価値が宿ることを学びました。
価格転嫁とブランド価値。学生たちが向き合った経営のリアル
最も議論が深まったのは、経営環境の変化についてでした。近年の物価高騰に伴い、冬場のハウスで使用する燃料価格は約2倍に、栽培資材も約1.5倍に高騰。一方で、トマトの販売価格は簡単には引き上げられないと、中村氏は現在の悩みを率直に打ち明けました。
消費が二極化するなか、価格の安さで選ばれる市場を狙うのか、それとも高い付加価値によって選ばれる市場を狙うのか。農家は常に、その判断を迫られているといいます。
同園では、後者を意識し高価格帯でも選ばれる商品づくりに取り組んでいます。「おいしければ買う」と感じてもらえる消費者との関係づくりを重視しながら、経営に向き合っています。この話題では、中村氏から秦洋二教授へ逆質問が投げかけられる場面もありました。
「付加価値をどうつけるのか。値上げのタイミングをどう見極めるのか。」
これに対し秦教授は、「物価高騰による値上げの背景を消費者が理解しやすい今だからこそ、良いものをつくる事業者が適正な価格形成を主導することが、市場の活性化につながるのではないか」と応じました。教科書だけでは学ぶことのできない、生きた経営判断をめぐる議論に、学生たちは真剣に聞き入りました。
ハウスの中で実感した、こだわりのかたち

インタビューの後、学生たちは実際に農園を訪れました。ビニールハウスとは思えない快適な環境のなかで育つトマトを目の当たりにし、中村氏が語った栽培へのこだわりを肌で実感します。土地と時間、そして技術が味をつくる。一次産業の現場に立った経験は、秦ゼミの学生たちにとってビジネスの本質と向き合う貴重な機会となりました。












